運動し、思考し、新しい情報に触れ続けなければならない理由

 

使われなければ滅びる。

 

非常に単純ですが、僕らの生きる世界では、およそ当たり前の摂理です。

 

誰も済まなくなった家は、(主人が家の手入れをするしないに関わらず)人の住む家よりもはるかに速い速度で朽ちていきます。

 

 

僕らは常に“自分“を使わなければならないのです。

 

 

 具体的な例を挙げると、僕らの身体の関節は、目一杯動かすことをしていないと次第に可動域が狭くなっていきます。

同様に、習慣的に一定の負荷のかかる運動をしなければ筋肉は衰え、骨密度も低下します。

(運動量の低下は精神状態にも著しく影響を与えます)

 

また、意識的に思考する機会を設けなければ、能動的な思考力は低下し、新しい情報に触れなければ脳は現状維持どころか、退化をします。

(脳は過去に経験した情報を基に認識のフレームを築いており、新しい情報に触れ続けなければ、古い認識のフレームが強化されていきます。要は、新しい情報を認識できなくなっていくのです。)

 

 

僕らは体をメンテナンスし、脳を常にアップデートさせなければなりません。

 

 

 、、、

 

割と当たり前のことを書きましたが、要は錆びた人間になるなと言うことです。

 

肉体と精神は原理的に同一ですからね、脳も体もしっかりと使っていきましょう。

 

僕は週3回の筋トレと有酸素運動、毎日の読書を欠かさず取り入れています。

まあどちらも、もう趣味のような感じになってしまっていますが楽しいですよ。

 

運動を始める前から筋肉は10kg以上増えました。

こうなってくると他にも書き切れないくらいいろんなメリットがあるんですね、それは追々書いていきます。

 

また、本は読めば読むほど知識のネットワークが構築されていきます。

そうなると新しい情報に触れた時の楽しさが増すんですよ(知識が別ジャンルの他の知識とリンクした時、関連性や普遍性を見つけた時、快楽が生まれます)だから次の情報、次の情報となっていき、気付いたら毎日1冊以上本を読む生活が定着しています。

 

知識のネットワークは、少し視点を変え(加え)ればすぐにマネタイズ可能ですから、金銭的自由に繋がります。これもまた追々書いていきます。

 

僕は地元じゃ一番のヤンキー高校に通ってるような人間でしたから、全く予想もしていなかった未来です。

新しい情報に触れれば、自ずと思考も伴いますから、日々の生活を活き活きと過ごし、多角的な自由を手に入れると言う意味でも、習慣的な運動と本やその他のコンテンツによる情報摂取は基本となる習慣です。

 

基本とか言ってますが、僕自身これがしっかりとできるようになるまでに、かなりかかりました。

特に今は活字離れなんて言われる時代です。

SNSではインスタグラムがかなり伸びていますよね。その意味がわかると思います。

本や文字情報から吸収できる人間がどんどん減ってきているんです。

 

 

習慣的な運動と本やその他のコンテンツによる情報摂取

どちらも時間を投資する対象としては最も有益なものの一つです。

 

是非意識してみてください。